ウェブアクセシビリティへの対応が求められている昨今。ウェブサイトだけではなく、ウェブサイト上に掲載するPDFにおいてもアクセシビリティの確保が求められています。
アクセシビリティに配慮することにより、ユーザーがスクリーンリーダーや拡大鏡、点字プリンター等の支援技術を使用した際に、PDFの情報を適切に取得することが可能となるためです。
しかし「アクセシブルなPDFって何?」「どのようにPDFを作成すればいいの?」と疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、アクセシブルなPDFを作成する必要性やガイドライン、Adobe Acrobat Readerを用いた環境設定方法等についてお伝えします。
PDFとは「Portable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)」の略称であり、パソコンやスマートフォン等における表示または印刷に使用する出力デバイスに依存せずに文書を表示することが可能な電子文書フォーマットです。
元々は、Adobeが開発したファイル形式ですが、2008年にPDF1.7がISO規格となったため、国際規格の使用が推奨されている公的機関の利用も進んでいます。
また、PDF1.4以降では、次のとおりウェブアクセシビリティに配慮した機能が大幅に強化されています。
なお、ブラウザ上でPDFを表示する場合は、見出しレベルが適切に解釈されない、画像の代替テキストが認識されない場合があります。
PDFのアクセシビリティに関する要件をまとめた主なガイドラインとして、JIS X8341-3:2016(WCAG 2.0相当)とPDF/UA(ISO 14289-1:2012)が存在します。
JIS規格(日本産業規格)の「JIS X8341-3:2016」およびW3Cのウェブアクセシビリティガイドラインである「WCAG2.0」では、ウェブサイト上で公開するPDFファイルに対してもウェブアクセシビリティへの配慮を求めています。
JIS X8341-3:2016およびWCAG2.0の要件を満たすPDFの作成方法は、次の出典元に記載されています。
出典
WAIC「JIS X 8341-3:2016 達成基準 早見表(レベルA & AA)」
Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2(日本語訳)
日本規格協会 JSA Group Webdesk「規格」
WCAG 2.0 達成方法集
PDF1.7(ISO 32000-1:2008)をベースとして、アクセビリティに配慮したPDFであるPDF/UAが2012年にISO 14289-1:2012として国際規格化されました。
「ISO(International Organization for Standardization)」が管理するPDFの規格である「PDF/UA(ISO 14289-1:2012)」は、PDFファイルの要件(7章)、PDFリーダーの要件(8章)、支援技術の要件(9章)が記述されていますが、PDF1.7(ISO 32000-1:2008)を参照する形で記述されているため、PDF1.7(ISO 32000-1:2008)の内容を併せて理解する必要があります。
なお、PDF1.7(ISO 32000-1:2008)は、章節番号を含め、ISOのものと同様の内容がAdobeのウェブサイト内で無料で公開されています。
出典
ISO「ISO 14289-1:2012」
Document Management – Portable Document Format – Part 1: PDF 1.7
Adobeでは、アクセシブルなPDF作成のためのガイドラインを公開しています。
JIS X8341-3:2016(WCAG2.0)やPDF/UA(ISO 14289-1:2012)のような公的なガイドラインではありませんが、タグが付与されている等のアクセシビリティに配慮したPDF形式で公開されているため、Adobeのアプリケーションを使用する場合の参考になる内容です。
出典
Adobe「Create and verify PDF accessibility, Acrobat Pro」
Adobe「折り返しおよびアクセシビリティ機能を使用した PDF の読み上げ」
自社のウェブアクセシビリティ方針において、PDFファイルを対象範囲から除外した場合は、PDFファイルへの配慮を行う必要はありません。
ただし、自社のウェブアクセシビリティ方針において「別途、順次対応」などと記載している場合は、対応を進める時期や手順を定義のうえ次の内容への対応が求められます。
ウェブアクセシビリティへの配慮として、視覚的な読みやすさが損なわれることなく、PDFの情報を知覚可能な方法で提示する必要があります。
紙の書類などをスキャンしたPDFの場合は、コンテンツが画像として表示されるため、スクリーンリーダー等の支援技術による読み上げや抽出、点字プリンタによる出力、テキストの選択・編集・サイズ変更、テキストや背景色の変更ができません。
画像ではなくテキストとしてPDFを表示させるためには、Microsoft Wordや Oracle Open Officeなどのソフトウェアを使用してコンテンツを作成し、PDFに変換する必要があります。
出典
WCAG 2.0 達成方法集「PDF7: スキャンされた PDF 文書で OCR を実行し、実際のテキストを提供する」
スクリーンリーダー等の支援技術がPDFの内容を正しく理解できるよう、タグを付与して構造化し、見出し・段落・リスト・表等の要素を指定する必要があります。
構造化を行うことにより、スクリーンリーダー等の支援技術を使用した際に正しい内容・順序での読み上げが可能となります。
また、Acrobat Reader等の一部のPDFリーダーでは、テキストのリフロー表示機能を備えているため、タグを付与することにより、拡大縮小時、行の幅に合わせて文字数が調整され、正しい順序で表示することが可能です。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF3: PDF 文書で正しいタブ順序と読み上げ順序を確保する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF6: PDF 文書でテーブルのマークアップにテーブルエレメントを使用する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF9: PDF 文書内のコンテンツを見出しタグでマークアップすることによって見出しを作成する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF21: PDF 文書のリストにリストタグを使用する」
Adobe「折り返しおよびアクセシビリティ機能を使用した PDF の読み上げ」
スクリーンリーダー等の支援技術を使用した場合、PDFの情報が適切に読み上げられるよう、ウェブサイトと同様に画像等の非テキストコンテンツには代替テキストを提供する必要があります。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF1: PDF 文書の Alt エントリによって画像に代替テキストを適用する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF4: PDF 文書の Artifact タグによって装飾的な画像をタグ構造から削除する」
PDFの場合は、目次ページによってドキュメントの概要を知らせる、ヘッダーまたはフッターにページ番号を付与することにより現在の表示位置を知らせるなど、ナビゲーションの提供が必要です。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF2: PDF 文書内でしおりを作成する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF14: PDF 文書内に連続するヘッダーとフッターを提供する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF17: PDF 文書に一貫性のあるページ番号を指定する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF11: PDF 文書内で /Link 構造エレメントを使用してリンクとリンクテキストを提供する」
ドキュメントのメタデータを提供することにより、支援技術を使用するユーザーがドキュメントを複数の文書内から検索、または選択しやすくなるだけでなく。ユーザー自身が現在どのドキュメントを開いているのかを把握することが可能です。
また、タイトルが提供されていない場合、多くはファイル名が読み上げられることになるため、タイトルの提供は必須です。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF18: PDF 文書の文書情報辞書内の Title エントリを使用して文書のタイトルを指定する」
フォームに求められる条件はウェブサイトと同様ですが、スクリーンリーダー等の支援技術による読み上げ時にフォームの内容を正しく理解できること、入力できること、キーボードによる操作が可能であること、フォームの入力による状況の変化をユーザーがコントロール可能であることなどが求められます。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF5: PDF フォームで必須項目のフォーム・コントロールを特定する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF10:PDF 文書内のインタラクティブなフォーム・コントロールにラベルを付ける」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF12: PDF 文書内のフォームフィールドの名前、役割、値情報を提供する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF15: PDF フォームで送信フォームアクションのある送信ボタンを提供する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF22: PDF フォームにおいて、利用者の入力が必須形式又は値の範囲外となった場合に、そのことを明示する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF23:PDF 文書内でインタラクティブなフォーム・コントロールを提供する」
ドキュメントと文中の言語を指定することにより、スクリーンリーダー等の支援技術が適切な言語を選択して読み上げることが可能です。
出典
WCAG 2.0 実装方法集「PDF16: PDF 文書の文書カタログ内の /Lang エントリを使用して主たる言語を設定する」
WCAG 2.0 実装方法集「PDF19: PDF 文書内で Lang エントリを使用して節や句の言語を指定する」
PDFはコピーや印刷、抽出、注釈の付加・編集に制限を設ける設定を行うことが可能です。
これらの制限は、スクリーンリーダー等の音声読み上げ機能や点字プリンタへの出力等に干渉してしまう可能性がありますが、アクセシビリティがサポートされているPDFオーサリングツールは、制限の対象からスクリーンリーダーを除外する設定が可能なため、それを有効にする必要があります。
出典
Adobe「アクセシビリティ対応の PDF の作成および検証」
ミツエーリンクス「PDFとセキュリティ設定」
Adobeのアプリケーションである「InDesign」は、アクセシビリティに対応したPDFドキュメントを作成するための直接的でシンプルなワークフローが用意されており、作成に要する時間と労力の大幅な削減が見込めます。
また、Adobeのアプリケーションである「Acrobat Reader(Acrobat Pro)」は、目の不自由なユーザーや運動障害のあるユーザー向けに、PDFを読む際のアクセシビリティを向上させる様々な環境設定を提供しています。
環境設定を行うことにより、PDFが画面にどのように表示されるか、スクリーンリーダーによってどのように読み上げられるかを制御することが可能です。
「InDesign」の概要および「Acrobat Reader(Acrobat Pro)」での環境設定方法については、次のリンクを参照ください。
出典
Adobe「アクセシビリティに対応した PDF の作成」
Adobe「アクセシビリティ対応の PDF の作成および検証 - Acrobat Pro」
Adobe「アクセシビリティ機能, Adobe Acrobat Reader」
「アクセシビリティに配慮した」PDFとは、スクリーンリーダー等の支援技術に最適化されたドキュメントを意味します。
利用環境や年齢、障がいの有無や度合いを含め、どのような人物・環境であっても利用可能かつ内容を正しく認識可能なPDFを提供することが大切です。
PDFをアクセシブルな状態で提供することにより、パソコンはもちろんスマートフォンやタブレット等の多用なデバイスによるPDFの閲覧が可能となるだけでなく、ユーザーの満足度や企業の信頼度向上につながります。
アクセシブルなPDFとはどのようなものなのか、対応すべきことをガイドラインに沿って理解したうえで、企業としてのポリシーや、それに伴う運用体制を考慮しましょう。