常に変化を続けていく現代社会において、ビジネス環境も目まぐるしい勢いで移り変わっています。長い時間をかけて培ってきた企業の伝統や手法はビジネスの土台として重要ですが、売上を拡大していくためには、市場の変化に柔軟に対応していくことも必要です。
新規事業の立ち上げは初期投資やリスクが大きく感じられますが、新規顧客の獲得や新商品・サービスの開発は、長い目で見ればビジネスを成長させていくうえで必要なことであり、変化する市場に対応していくための備えにもなります。
今回は、新規事業立ち上げのメリットや成功のためのプロセスについてご紹介します。
まずは、新規事業を立ち上げることでどのようなメリットがあるのか、そして実際に新規事業を立ち上げる手法として、どのような方法があるのかを確認しておきましょう。
新規事業を立ち上げるメリットとして、既存事業に代わり得る新たな事業の創出と、優秀な人材を育成する機会となる点が挙げられます。
新規事業の立ち上げによって、既存事業に代わる新たな収益源を得ることができます。既存事業が順調で、蓄積された経験やノウハウが充分であっても、市場競争の激化や社会情勢の変化による影響を完全に避けることはできません。対策として新規事業を立ち上げ、リスク分散を図るのは有効な手段です。新規事業を新たな自社ビジネスの柱として育てることで、将来的に既存事業の不調や競争力の低下が見られても、企業全体の売上を安定させることも可能でしょう。
新規事業を成功に導くためには、経営的な視点も必要です。新規事業の立ち上げは、挑戦と失敗から学びを得られる場であり、これから会社を担っていく若手・中堅社員を育成する絶好の機会です。
新規事業の立ち上げに重要なスキルは、新領域での知識やノウハウの吸収・応用だけでなく、プロジェクト全体を推進していくために必要なマネジメント力や判断力、推進力があげられます。予期せぬ困難や難題に直面しても、これまで培ってきた経験やスキルを柔軟に駆使して、解決していけるかが鍵となります。
また、プロジェクトが確立されている既存事業では新たな提案をする場面が少ない、若手・中堅社員を新規事業に起用することで、新しいアイデアや考え方を引き出すことも可能です。
新規事業のプロジェクトでは、次々と直面する新課題を解決して行く術として、下から上へ意見を提案するボトムアップ型の仕組みを取り入れたり、外部有識者からの知識を得る機会も増えるでしょう。これらも次世代マネジメントを担っていく若手・中堅社員にとって有益な経験の場です。こういった取り組みから組織に多様性や柔軟性が生まれ、結果的に新規事業の立ち上げをスムーズにおこない、効果的に運営していくための追い風となるでしょう。
現代のビジネスにおいて、新規事業の立ち上げには大きなメリットがありますが、実際に着手する場合、どのような手法があるのでしょうか。新規事業の立ち上げ方法についても確認していきましょう。
新規事業立ち上げの一般的な方法は、社内での新部署やプロジェクトチームの設立です。これは、自社の技術や人材、ノウハウなど、組織内の既存リソースや専門知識の活用が容易であり、経営陣や他部署との連携もスムーズに進められるメリットがあります。
また前述した社内人材育成の機会創出にもなるため、定期的に社内コンテスト形式で新規事業企画を募る企業もあります。新規事業に情熱を持った企画発案メンバーを中心に、必要な人材をアサインし、新規事業チームを結成するという流れです。
また、既存の部門・チームからの人材異動や、内部プロジェクトの立ち上げなど、社内での資源再配置やスキルの活用がおこなわれることで、新規事業のスムーズな推進や市場参入だけでなく、既存事業の見直しや活性化も期待できます。
新規事業の立ち上げ方として、M&A、すなわち企業間の合併・買収をおこなうことで、外部資産を活用して新規事業に参入する方法もあります。特に、成熟した市場では既存の競合他社との競争を避け、新たな市場への参入や技術力の獲得を目指してM&Aが選択されるケースが多く見受けられます。
買収した企業・事業の資産を活用して、新市場に参入するための時間やコストの削減も可能です。買収先企業が持つ人材や顧客データの利用によって新規事業の立ち上げがスムーズになり、取得した技術やノウハウで自社の競争力を高めることもできるでしょう。
M&Aは企業が新規事業を立ち上げ、新たな市場への進出を目指す際に有益な手段ですが、リスクや課題も存在します。まず、買収先企業の特定や交渉、統合のプロセスは非常に複雑です。また、統合に伴う文化の違いや意思決定の調整など、組織間の課題も生じることがあります。買収には高い資金力や専門知識、組織の規模などが求められるため、一般的にM&Aは比較的大規模な企業や、成熟した市場で行われる傾向があります。
新規事業といっても、経験や知識のないメンバーが集まって、流行や目新しさを追ってアイデアを出し合っても現実的ではありません。会社の柱となるような新規事業を立ち上げるためには何もかもゼロからスタートするのではなく、これまで自社で培った知見や技術、ノウハウを、これまでとは異なる新しい形で活用できないかを検討し、顧客のニーズと自社の強みから事業アイデアを出すことも有効です。
新規事業のアイデアを出していくには、さまざまなフレームワークに基づいた手法がありますが、まずはその切り口として、顧客のニーズやこれから参入する市場が抱えている課題を洗い出すことから始めるのが良いでしょう。具体的には、市場調査や事業調査、アンケートやインタビューでデータを集め、分析することが必要です。
顧客のニーズや市場の課題を把握したら、その解決のために、自社の知見や技術を生かすことができないかを検討してみましょう。まずは自社のできることをリストアップしながら、参入する市場で効果的に自社の強みを発揮できる企画を具体化していくことがポイントです。
事業ドメインとは、事業展開する領域を指す概念です。具体的に事業ドメインを固めていく際には、下表の3つの軸から検討していくと良いでしょう。
顧客軸 |
だれに。商品やサービスのターゲットを定める。 |
技術軸 |
どのような。自社の技術やノウハウなどの強みで提供できるもの。 |
機能軸 |
何を。商品やサービスが提供する機能や価値のこと。 |
この3つの軸をベースにして考えていくことで、「どのターゲットに(顧客軸)」「どのような自社の強みを活かして(技術軸)」「何を商品・サービスとして提供するか(機能軸)」という範囲を定めていくことができます。また、事業ドメインを決定することによって新規事業の方向性を明確にし、新商品やサービスなどのアイデアを具体化していくことができます。
商品・サービス開発を具体的に進めていくためにも、市場のニーズや競合状況、事業性を検討することは重要な要素といえます。新規事業を立ち上げる際のリスク管理や競争力の向上にもつながるため、徹底しておこないたいプロセスです。
まず、市場調査をおこなうことで、目指す市場や業界の状況を把握します。競合他社の存在や提供する商品やサービス、市場の需要と供給のバランス、規模などを調査し、ターゲット顧客のニーズや傾向、市場のトレンドや成長予測を分析していきましょう。具体的にはデータ収集や市場動向の分析、顧客インタビューやアンケート調査などを組み合わせて実施するのが一般的です。
同時に、事業性の検討をおこないます。これは新規事業のアイデアが実現可能であり、長期的な収益を生み出せるかどうかを評価するものです。収益性や競争力、リスク要因、技術的・運営的な実現可能性などを検討します。また、事業モデルの構築や収益予測、資金調達の可能性、顧客との関係構築を含めたターゲットの深掘りなども重要です。
このように市場調査と事業性の検討を徹底することにより、市場の需要と供給のバランスを把握し、競合他社との差別化ポイントを発見することができます。ターゲットとなる顧客のニーズや傾向を理解し、顧客志向の商品やサービスを提供することで顧客満足度を高め、競争力の向上を図ることも可能です。
また、調査の際にはポジショニングマップや3C分析、4P分析、SWOT分析など、市場調査のフレームワークを活用するのもおすすめです。顧客のニーズや市場の動向を把握し、競合状況や自社のリソースを考慮しながら、より客観的で戦略的な計画を策定することができるでしょう。
企業の運営において「パーパス」「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を定めることは、企業の社会的な存在意義や在り方を明確に捉えて認識するために重要です。
新規事業を立ち上げる際にも「なぜ企業としてこの事業に取り組むのか」を明らかにし、目指すべき方向をきちんと定義することが必要です。明確な「軸」を持たない企業は短期的な利益に走ってしまうことがありますが、新規事業も方向性が定まっていないままスタートしては、目先の利益を優先して本来の目的からずれ、成功を逃してしまう可能性があります。
新規事業はまず「立ち上げ」が関門ですが、立ち上げた後もプロジェクトを進め、事業を成長させていくことが重要です。そのためには新規事業をおこなう意義を明確にし、プロジェクトに関わるメンバーがいつでも振り返り、再考できる「軸」を定めておくことが鍵となります。事業の存在意義を顧客にしっかりと認識してもらうためにも、プロジェクトにおいて判断や価値観のぶれない進行が大切なのです。
「パーパス」は、存在意義や社会的な使命のことです。新規事業を立ち上げ、推進していく最も根幹の部分であり、なぜこの事業に取り組むのか、どのような価値を提供するのかを明確にします。メンバーの意識の統一や、顧客から存在意義を認識してもらいやすくなり、事業のスムーズな立ち上げと進行に必要不可欠です。
新規事業において「ミッション=何を達成するのか(What)」を表します。新規事業における行動指針や方向性を定め、メンバーがパーパスを実現するための具体的な行動や目標を示したものといえるでしょう。
新規事業では「ビジョン=目指す地点(Where)」であり、将来的に達成したい理想的な姿を描いたものです。パーパスを体現するにはどのような状態になっていれば良いのかを示しています。
新規事業を立ち上げる際の「バリュー=どのように実現するか(How)」は、プロジェクトで重視する価値観や行動基準を表します。提供する商品やサービスのコンセプトにも関わってくるため、企業のブランドイメージや顧客との関係構築にも影響を与えます。
「パーパス」と「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」は混同してしまうこともありますが、「ミッション」はパーパスを達成するための手段、「ビジョン」はパーパスやミッションを達成し、目指す将来像を実現するための目標を設定する指針、「バリュー」はパーパスやミッションの達成において、どのような価値観で行動すべきかという意思決定の基準です。
どの要素も互いに関係し、新規事業の方向性を定め、一貫性を持ってプロジェクトを進めていくために必要といえます。
事業計画書は、新規事業を今後どのように展開・運営していくかを明確に表したドキュメントで、メンバーが目標に向かって共通の理解を持って取り組むためのツールでもあります。また投資家や金融機関が、出資・融資を検討する際に事業の成長性を判断する重要な材料となります。
新規事業の根本でもあるパーパスやビジョン、事業概要や成り立ちといった事業の詳細や展開、収益のあげ方や今後の見込み、マーケティング戦略から財務計画まで明確に説明されているとよいでしょう。
事業計画は、人材・資金・時間の適切な配分や予算編成の基準になり、効果的なリソース管理としても役立ちます。さらに市場や競合状況、法的規制などのリスク要因を分析し、事前に対策を練るためのツールとしても活用できるため、リスクを最小限に抑え、事業の安定性を確保するためにも不可欠なものといえるでしょう。
新規事業計画書に盛り込んでおきたい項目例は次の通りです。
・事業概要
・新規事業創設の経緯
・パーパスやミッション、ビジョン、バリュー
・想定している顧客層
・商品・サービスに関するニーズの検証
・市場分析
・収益性評価
・マーケティング戦略
・売上、資金などの財務計画
これらを明確にし、事業の成功に向けた計画を策定することが望ましいでしょう。しっかりと課題や戦略を具体化することで、新規事業の立ち上げ基盤を固めていけるでしょう。
安定性のある既存事業と異なり、新規事業を立ち上げることはさまざまなリスクや課題があり、困難を伴うものです。新規事業で陥りやすい「よくある失敗要因」を踏まえて対策をしておきましょう。
新規事業はノウハウ不足が原因で立ち上げに失敗するケースがあります。新規事業の事業内容・領域に対する知見や、技術面でのノウハウ不足をイメージしがちですが、プロジェクトを率いるマネジメント力や事業成功させるためのビジネススキルなどのノウハウも重要になってきます。「まだ収益が不透明だから」といって優秀な人材を収益性の高い既存事業に回し、経験不足のメンバーのみで新規事業に挑戦するのは危険です。
もちろん、新規事業は人材育成のチャンスでもあります。優秀な人材を育てることを狙うのであれば、新規プロジェクトを統率できるスキルを持ったプロジェクトオーナーのもと、しっかりとビジョンを共有しつつ事業を進めていくのが望ましいといえます。プロジェクトを率いるのに適した人材が社内にいなければ、社外からの有識者の採用や外部コンサルタントの活用など、外部からノウハウを吸収して取り組むことも視野に入れましょう。
新規事業はすぐに収益化することが難しいものです。立ち上げに当たって予算を組み、計画を立てたものの上手く利益を出すことができず、資金繰りで事業存続の判断を迫られることもあります。資金面に関しては、適用になる制度などがないか調べ、可能な限り利用していくのが良いでしょう。
国や地方公共団体が提供している補助金や助成金は返済義務がないものが多くあります。ただし、支給にはさまざまな要件があるので、要件を確認し、申請する必要があります。補助金の例としては、以下のようなものがあります。
※公開時点の情報です
ウィズコロナ・ポストコロナの時代の経済社会の変化に対応するために新分野展開・事業・業種転換などの取り組みを通じた規模の拡大等、事業再構築に意欲を有する中小企業等を支援する補助金です。
参照https://jigyou-saikouchiku.go.jp/
中小企業・小規模事業者等が今後直面する制度変更に対応するため、革新的なサービス開発や試作品開発など生産性向上させるための設備投資を支援する制度です。
参照https://portal.monodukuri-hojo.jp
どちらも申請する製品・サービスの事業や目的に応じて枠があり、要件や補助金額などが異なります。大きな金額も期待できますが、申請書類が複雑であったり、事業計画の作りこみなど入念な準備が必要です。採択の可否率、準備から交付まで時間を要する点も見越した計画を行いましょう。
他にも、IT導入補助金(https://it-shien.smrj.go.jp/)など立ち上げ期の環境をサポートするものや地方公共団体が独自でおこなっているものもあるので、対象となるものがないか一度調べてみることをおすすめします。
新規事業が軌道にのるまでは、予期せぬ困難や課題が生じる可能性もあります。そのため、事業の存続や成功をどのように評価するのか、その基準を明確に定めておくことが重要です。また、意外と見落としてしまうのが撤退判断のポイントです。目標数値や成果だけでなく、撤退条件も事前に定めておくことで、タイミングを逃し大きな損失を被ることを避けることができます。
撤退条件は、一定期間の経過後の評価など、事業の状況や市場の変化に応じて設定しておきましょう。判断基準を明確に定め、事前に経営層や関係者と認識を合わせておくことで、速やかに判断することができます。
評価体制や撤退条件を定めることは、事業の安定性と成長を保つために不可欠です。ビジネスは常に変動する環境でおこなわれるため、適切な判断と撤退の機会を逃さないことが、リスクを最小限に抑え、大きな失敗を回避するための重要なポイントです。
新規事業を立ち上げる際、自社で既に保有している事業ドメインがあれば、その領域のノウハウや、顧客との接点を有効に活用することも忘れてはいけません。新規事業は通常、専門のチームによって推進されることが多いですが、既存の事業部門や部署と連携し、顧客との関係や市場動向などの情報を共有することで、市場への進出や顧客獲得のスピードを加速させることができます。
新規事業チーム単体で動くのではなく、他部署との横の連携も意識し、自社のリソースをしっかりと活用しましょう。
新規事業が成功するということは、市場に有益なニーズがあるということです。しかしその市場は常に変化し、他者との競合や後発参入も考えられます。したがって、事業を維持するためには、立ち上げ初期のビジネスモデルにこだわることなく、常に振り返りと改善をおこなうことが欠かせません。
成功した事業であっても、顧客のニーズや嗜好の変化によって新たな戦略やアプローチが求められることもあります。また、売上の拡大やビジネスの成長を狙うのはほかの企業も同じです。競合他社の動向や技術の進化にも迅速に対応する必要があります。
市場での競争力を維持するためには、事業の立ち上げ後も定期的な振り返りやデータの分析を通じ、問題点・改善点の発見、顧客のフィードバックや市場のトレンドに敏感に反応し、製品・サービスの改善を継続的におこないましょう。そのためには、経営層から現場のスタッフまで、組織全体が修正と改善に柔軟に対応する意識を持ち、共有することが大切です。
立ち上げに成功した後も、常に進化し続ける姿勢を保ち、改善を続けていくことが事業を失敗から守るポイントといえるでしょう。