2008年11月4日午後10時頃のニューヨーク、私は、熱気と興奮に包まれたタイムズスクエアに立っていました。
設置された巨大スクリーンに表示されているのは「バラク・オバマ、大統領に当選」の文字。初めてのアフリカ系大統領誕生の瞬間を祝う、この大騒ぎの真っ只中で、私はもう1つの歴史的事実に感動していました。
それは、史上最も多くの人々が「直接」参加した選挙だったという事実。最新のインターネット技術をフル活用し、若い世代と直接コミュニケーションをとり続けたオバマ候補が、従来のマスメディアを中心とした戦術で有権者に訴え続けたマケイン候補に圧勝した瞬間でした。
オバマ候補は、Facebook(日本のミクシィに近いSNS)内に専用のアプリケーションを公開、自分の活動やメッセージを毎日発信し続けました。そして、注目すべきことに、そのメッセージの下には「献金」をするためのボタンが設置されていたのです。20代の若い有権者たちは、毎日彼のメールを受信し、映像で演説を聴き、オバマ候補が訴える新しいアメリカを考え、コミュニティに参加する仲間と対話し、クレジットカードを片手に「献金」ボタンをクリックしました。
こうした100ドル、200ドルという単位の小額の献金が集まり、7億4500万ドルという、史上最高額の選挙資金が集まったと言われます。公的資金の提供を断り、直接有権者との接点から共感と活動資金を集める手法としては、最も洗練され、効果的だといえるでしょう。
ブログ、Twitter、SNS、口コミ、紹介、動画、カード決済・・・・・ インターネットの最新トレンドを活用した双方向コミュニケーションの巧さは、企業のコミュニケーション戦略上も参考になることばかりです。
当選が決定した約1時間後、地元シカゴ市内のグラント・パーク公園で、約24万人の聴衆が見守る中、オバマ候補はあの有名な勝利宣言をするのですが、実は、その前に支援者たちの携帯電話に一斉に届けられたメッセージがあるのです。友人に見せてもらったそのメールの書き出しに、私はコミュニケーションの本質を教えられました。
「親愛なる○○様 今、私は大勢の聴衆の前で勝利宣言をするため、グラント・パークに向かっています。でもその前に、まず「あなた」にお礼をいいたいのです。アメリカを変えているのは「あなた」なのですから。」
特別なタイミングに送られるべき、特別なメッセージが用意されていたのです。
これほど心を揺さぶるメールマガジンの演出を、私は見たことがありませんでした。
(2009/08/26 中部経済新聞掲載)