「ようこそインバウンド2019へ!」
INBOUND2018の煌々としたステージに、明るい冗談とともに登場したのは、HubSpot社のCEO、Brian Halligan(ブライアン・ハリガン:以下ブライアン)。
メインセッションである共同創業者によるキーノートは、HubSpotのプロダクトの方向性だけでなく、ビジネスの移り変わりについても大きな気づきを与えてくれます
ビジネスを成長させるために彼らが提唱する新しいモデル、「フライホイール」とは一体どのようなものなのか?冒頭から引き込まれたステージの内容をお伝えします。
私は物理学が好きです。なぜなら物理は様々な事象をモデルとしてあらわし、たくさんの科学者がそれを実験し、より正しいモデルが生み出されていくからです。
物理で法則を導き出す考え方は、様々な所で活用されます。
そしてファネルというのは漏斗の形をした、私たちがビジネスを説明する上でよく使用してきたモデルのことです。
マーケターにとっては、とても見慣れたものですね。
しかし、このファネルにはすでに「ヒビ」が入っているのです。
このヒビに気づいた時のストーリーは、こうです。
私があるお客様に、
「HubSpotの購入を決めようとしたとき、あなたに一番影響力を与えたことは何ですか?」
と聞いたところ、
「別の会社の友人にHubSpotをすすめられたこと」
という答えが返ってきました。
少し前であれば、マーケティングと営業担当者がお客様にとって一番影響力のある存在でした。一体、何が起きているのでしょう?
こんなリサーチ結果があります。これは様々な属性を持つ人の、信用度についての調査結果です。
営業担当者とマーケターの信用度はそれぞれ、なんと5%!
政治家の次に信用がないという結果が出てしまいました。もう人々は、マーケターも営業もソーシャルメディアも政治家も信じません。
一体何を信じるというのでしょうか⁈
それは、同じ商品を使っているユーザー、お客様の声です。
こここそが現在で唯一、信用が残されている場所です。
人々の購買行動プロセスの始まりに、変化が起きたと言う事です。
「HubSpotをどこで初めて知りましたか?」
この問いの回答として一番多かったのが口コミです。口コミが強力なチャネルとなっています。
こうしたリサーチから変化に直面しているという事実が明らかになってはいるものの、私たちのサービスが成長している現象と仕組みを、うまく示せるモデルが見つかりませんでした。
ファネルには、「お客様が新たな見込み客を生み出す」という仕組みが考慮されていなかったのです。
Amazon ジェフ・ベゾスのプレゼンテーションにモデルのヒントがありました。
顧客体験をより良くすることで、良い口コミが広がり、口コミが人を惹きつける好循環を生むモデルになっています。この気づきこそが、「フライホイール」の始まりでした。
フライホイールとは何か?みなさんもいまいちピンと来ていないかもしれません。
フライホイールは、ジェームズ・ワットという物理学者が200年前に発明した、産業革命を導いた蒸気機関の重要なパーツです。
フライホイールはエネルギーを捕まえ、蓄え、放出することにとても優れています。
インバウンドマーケティングでもこの言葉を取り入れてビジネスモデルを説明したいと考え、ファネルの代わりに新しく提唱するフライホイールが誕生しました。
ここでブライアンがステージ上に置かれていた物体から黒い幕を取り払います。中から出てきたのはインバウンドマーケティングのフライホイール。どうやら摩擦係数がとても低い構造になっているらしく、くるりと回してみせるとその後ずっと止まらずに回り続けていました。
フライホイールを回して見せたブライアンは、次に
「長い間マーケティングを支えてくれたファネルさん、本当におつかれさまでした!」と拍手をすると画面には無数の風船が。これまでの労をねぎらっての引退式というわけです。
大会場にどっと笑いが起こるシーン、HubSpotのユーモアはさすがですね。
ファネルモデルの弱点は、ビジネスの成長を直線的なアプローチのみで捉えているところ。それが現状と離れてしまった点だといいます。
ファネルは成果物としてカスタマーを生み出しますが、そのカスタマーがその後のビジネスの成長にどのような影響を与えているのかを考慮できていません。
ファネルの下に描かれている成果物として生み出されたカスタマーは、どこかに消えてしまいます。月が変わるごとに、あるいは四半期が終わるごとにゼロからスタートしているように見えるのです。
一方、フライホイールは回転しています。
回転を維持するための勢いは突然失われはしません。
また、新しいエネルギーが加われば、全体のエネルギーとしてしっかりと保存されるのです。
物理の基礎知識ですね。
フライホイールを成長させるには、3つの要素を考える必要があります。
フライホイールはただの図ではありません。ホイールは回転するものですから、回転させる力が必要です。
ではどの部分に力を加えるのがよいのか?
次のスライドでは、ブライアンが仕事を始めた1990年から現代まで、期間ごとにフライホイールのどの部分に力を加えるのが、もっとも良いROIが期待できたのか、ビジネスのあり方がどう変わってきたのかをわかりやすく表しています。
・1990〜2006 Engage(エンゲージ:相手と結びつく)
相手と対話し、顧客化する。営業マンが担っているパートです。
この時代は今ほどインターネットの普及が進んでおらず、営業マンとお客様との間には圧倒的な情報量の差がありました。
このギャップが、信用を創り出してくれていたのです。
よって営業マンをたくさん雇うことに間違いはありませんでした。
・2006〜2018 Attract(アトラクト:相手の興味を惹きつける)
自分たちのサービスを知ってもらう。マーケターが担っているパートです。
ちょうどこの時期は、HubSpotが世に出た頃です。インターネットで情報を得ることが身近になり、お客様は営業マンから話を聞く前に、同じ位の情報量を自分で集めることができるようになったのです。
マーケターがウェブ上に情報をたくさん供給することが重要になりました。
・2018〜? Delight(ディライト:喜び)
顧客の満足度を向上させ喜んでもらう、カスタマーサポートが担っているパートです。
冒頭で触れた「2018年現在、もっとも影響力を持つチャネルは口コミ」というアンケート結果からもわかるように、お客様を喜ばせるディライトが重要となって来ています。
ディライトを高めることが、現代においてはもっともROIのよい力の投資先となるでしょう。
しかしこれは、営業マンとマーケターが役目を終え、もう機能しないということを意味しているのではありません。
次のスライドはHubSpotの2015年時点を表したフライホイールです。
エンゲージ
・コミッション
・価格
・プロダクトロードマップ
アトラクト
・予算
・CEOタイム
・リードスコア
これらの施策は、それぞれのパートを担っていた営業マンとマーケターがEngageやAttractを達成するために行われた社内/社外施策の例です。
そしてこれが最新のHubSpotのフライホイールです。
ディライト
・コミッション
・価格
・プロダクトロードマップ
・予算
・CEOタイム
・リードスコア
それぞれの仕事がなくなったわけでなく、営業マンとマーケターがディライトとともにそれらの施策を行うということです。
2つ目が摩擦を取り除くことです。
マットレスやシェーバーや音楽ストリーミングサービスなど、朝起きてから寝るまでの間に、使っている日用品やサービスの会社を見てみると、起業して10年以下のスタートアップ企業が含まれていると思います。
シェーバーなどは、全く新しい商品でもなく、差別化も難しいものであるにも関わらず、なぜ、選ばれるようになったのでしょうか?
プロダクトが他より圧倒的に優れているというわけではありません。「提供の仕方」を既存の大手と比べた時に、より摩擦が取り除かれているからです。
それはどのようなポイントなのか?
従来の顧客体験と、これからの顧客体験を比べてみましょう。
・従来の顧客体験
High Friction (高い摩擦)
・何事につけて、人が介入する
・9時から5時までしかやっていない
・一度買ってみるまで試すことができない
次に目指す顧客体験
Low Friction(低い摩擦)
・セルフサービス
・1日中オープンしている
・購入前に試すことができる
このように従来の顧客体験には、毎回大きな摩擦が生じていました。
この摩擦を取り除くことで、フライホイールはとてもスムーズに回転します。
2018年に素晴らしい会社をつくりたいなら、10倍よい商品を作るのではなく、10倍スムーズな顧客体験を作るべきです。何を売るかではなく、どのように提供するかが大事になります。
(そう語るブライアンの背後で、巨大なフライホイールのオブジェは回り続けます。「摩擦を取り除く」をイメージさせるために、こんなにスムーズに回るフライホイールを作ったのですね。)
良いプロダクトが選ばられる時代から、良い提供の仕方が選ばれる時代に変わってきました。
先に述べたスムーズな購入体験を提供するには、できる限り顧客自身で購買を完結できる仕組みにしなくてはいけません。
現在多くの企業の購買プロセスはおそらく、
・営業マンが介入するパートが80%
・カスタマー自身で完結するパートが20%
といった割合になっていたでしょう。
これから先の時代は、
・営業マンが介入するパートが20%
・カスタマー自身で完結するパートが80%
となること目安に改革を進めていきましょう。
人が介入しなくては進まないプロセスの割合を狭めることで、人間は機械では処理できない、複雑なケースの対応をすることだけに集中することができます。
そのためにも、前線の営業部隊の仕事を効率化するために費やしいてる、ITリソースの割合を顧客の購買行動をスムーズにするために費やすように、シフトしていくのです。
最後にフライホイールの設計についてです。
いくら動力があり、摩擦力が少なくとも、設計に欠陥があっては機能しません。
今までのHubSpotのプロダクトは、フライホイールを40%ほどしか、カバーされていませんでしたが、今回のアップデートでその全てをカバーできるようにしました。
注)ここではMarketing Hub、Sales Hub、Service Hubの領域と、Enterprise、Professional、Starterのエディションを掛け合わせた数字をイメージしていたようです。
全てをカバーできるように対応したことは、セールスはエンゲージ、マーケターはアトラクトと偏った対応ではなく、全てに対応できなくてはいけないことも意味しています。
物理学は、様々な現象のモデル化、説明、実験を通じて、よりスマートな法則を見つけます。
それはインバウンドマーケティングも同じであり、今回発表したフライホイールは、その最も新しい法則です。
この数式では、マーケティングに捧げる力とセールスに捧げる力を足し、最も重要なカスタマーサポートに捧げる力は2乗して加えています。そして最後に全体を摩擦係数で割るのです。
これが、企業の成長をスマートに表現した新しい法則です。
フライホイールモデルの発表について、いかがでしたか?
セールス、マーケティング、カスタマーサービスの垣根を超えて、常にお客様に寄り添い続けることがより重要となり、お客様を中心に回り続けることがビジネスの成長に大切なのだと訴えるプレゼンテーションでした。
今回のプロダクトアップデートであるService Hub機能の充実や、領域をまたいだコミュニケーション機能(Slack対応、チャットボット、動画など)にはそのような背景があることが理解できます。
続いて登場するダーメッシュは、フライホイールを哲学的な視点からみています。ダーメッシュ・シャアのプレゼンはこちらからご覧ください。